シンガポールの英才教育プログラム改革 変更点とその狙いとは?
こんにちは! リーラコーエン シンガポール リサーチャーのShihoです。
先月のナショナルデー後の演説にて、ローレンス・ウォン首相が国民の教育制度について言及したことは記憶に新しいかと思います。
首相はその場にて、小学校の再構築や、より包括的かつ柔軟性を備えた教育システムへの変革を掲げました。
歴史的に人的資源に多くを頼り、その源泉として教育に注力してきたシンガポールが見据える変革には、どのようなものが予定されているのでしょうか?
今回は、今後のシンガポールの教育制度の改変について紐解いていきます。
【目次】
1. 40年続く、英才教育プログラムGEP
2. シンガポールの英才教育、どう変わる?
3. 最後に
1. 40年続く、英才教育プログラムGEP
平均より極めて高い知的能力を有する人を指して、「ギフテッド(gifted)」と呼びます。
シンガポールはこうしたギフテッドと見られる児童向けに、1984年より「英才教育プログラム」(Gifted Education Programme、通称GEP)という特別な教育スキームを提供し、将来的に国の底力を上げるという政策をとってきました。
GEPへの招待状は、プライマリー(小学校)3年時に受ける英語・算数などの試験を2段階通して好成績を修めた生徒に届きます。
そこで保護者・本人の同意を得て、GEPを実施する指定された9校のうちいずれかに、プライマリー4年生から転校します。
彼・彼女たちは各学年の上位1%に相当し、GEP指定校に入学してからは高学力の生徒の認知・情緒ニーズを満たすように設計されたプログラムに沿って学習していきます。
GEPカリキュラムは先取り学習ではなく、教育内容の充実に重点を置いています。
通常の学習カリキュラムの上に、該当生徒の発達のために、「コンテンツの充実」「プロセスの充実」「プロダクトの充実」「学習環境」これら4つの分野において差別化しています。
・コンテンツの充実
基本的な指導要綱の枠を超え、広く深く学ぶ、場合にとってはより高度なトピックを取り上げる。レジリエンス、リスペクト、共感、謙虚さ、楽観主義、好奇心などの価値観を明示し、生徒がこれらの価値観に基づいて行動する機会を日常的に提供する
・プロセスの充実
より高度な思考力と、時代に即した能力の育成のための体験学習の機会を提供する。探究型学習と自由形式の問題解決の機会を多く設け、多様な教授法を用いる。対立解決スキルとチームワークを教える
・プロダクトの充実
創造的な表現の場の提供、実社会の多様性を反映した学習内容の促進。地域社会のニーズを特定し、それに取り組むための学生主導プロジェクトの機会提供
・学習環境
刺激的且つ学生中心の学習環境の提供。危険を冒すことの意味・重要性や自己認識や受容力を促進する。仲間とのコミュニケーションや協力を奨励し、外部機関訪問や、例えば高等教育機関からの指導者派遣などの機会を設ける
プライマリー6年生になったら同学年の生徒と同様に小学校卒業試験(PSLE)を受けますが、多くの生徒が中高一貫校に進み、いわゆるその先もエリートコースを歩むこととなります。
こうして説明すると、完全無欠なプログラムに見えるGEP。
しかし、プライマリー4年生のまだ9歳という幼いうちに転校を余儀なくされること、GEPを通過するための対策学習塾が存在することや、多様な能力を有する子どもたちがいる中でアカデミックな学力にフォーカスしている点などの問題点が従来から指摘されてきました。
★GEPに関する詳細はこちらをご参照ください
★参考ブログ
【5分で徹底解説】学歴重視社会のシンガポールでの第一ステップ、"PSLE"とは?
2. シンガポールの英才教育、どう変わる?
上に挙げたGEPとは別に、シンガポールには「高学力学習者のためのプログラムとアクティビティ」(Enrichment programmes and activities for High-Ability Learners、以降HALプログラムと記載)が2007年より存在します。
今回、シンガポール政府はこのHALプログラムの拡充と、プライマリーにおけるGEPの事実上の廃止を宣言しました。
HALプログラムは、シンガポールにある全180の小学校において高い能力を持つ生徒向けに、よりチャレンジングな学習コンテンツを提供してきました。
各学年7%の生徒に提供してきた当プログラムを、今回の改革で10%相当にまで拡大すること。
また、小学生GEPを廃止することにより、従来のGEP対象児童もそれまで在籍していた小学校に留まり、慣れ親しんだ友人や教師などの人間関係の中で学生生活を送れることとなります。
これまでプライマリー3年生でのテスト結果にのみ選抜方式を頼っていたところを、各学校で日々子どもたちと接する教師たちからの推薦という視点も加わり、よりバランスのとれた選抜方法となることも期待されています。
この拡充により、学校独自のプログラムの進化や、学校という枠を超えての特定教科の強化プログラム、モジュールによっては近隣の学校に放課後通うといった可能性も示唆しており、より細分化・柔軟性の高まりが見込まれます。
多様な才能を育成し、生徒にとって複数の道筋を提供することに重きを置いたHALプログラムの拡充。
包括性を高めた今回の教育システム改変は、すなわち企業にとっては多様なスキルを持つ優秀な人材を安定的に確保することにつながり、子ども本人・保護者にとっては、子どもが将来労働市場に加わる時に備え、個人のユニークな能力をサポートする質の高い教育を受けられることにつながります。
語学や数学、科学といった伝統的な科目だけでなく、イノベーション促進や、地域社会の問題解決について考えるもの、シンガポールの多様性を深く理解する文化プログラムなど、現代社会の複雑性により即した教育内容を小学校の現場で担えるという点が、長年の高度な教育システムの賜物と言えるのではないでしょうか。
教育省(MOE)も「すべての小学校に高能力児童をサポートするための特別な訓練を受けた教師がいる」と自信を見せています。
なお中学校のGEPは2004年の改変以来うまく機能しているとして、現時点での制度変更は無いそうです。
★現行のHALプログラムに関する詳細はこちらをご参照ください
3. 最後に
今回の教育制度の改変についての全容は、まだ続報での発表が待たれる状態です。
ただ、40年続いた制度がひと区切りをつけ、より時代に即した制度へと変えようとする様に、シンガポールという国が教育にかける意気込みとダイナミズムを感じています。
今後のアップデート内容にも注目していきましょう!
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